本の山 〜お薦めの本、山積みに〜

今日か明日、書店に行きたくなる書評

【書評】夏みかん酢つぱしいまさら純潔など(鈴木しづ子句集、小出蘭太評伝)

夏みかん酢つぱしいまさら純潔など (河出文庫)

夏みかん酢つぱしいまさら純潔など (河出文庫)

失踪した伝説の女流俳人鈴木しづ子を追う

2冊目の句集『指環』出版記念会から半年後の1952年9月、女流俳人鈴木しづ子は消息を絶った。このとき33歳。彼女の作品には三角関係、性的表現、ダンサーの仕事を想起させる内容も含まれていた。戦後間もない頃のことで世間の目をひき、失踪には様々な噂も流れたという。

著者の川村蘭太氏がしず子を調べ始めた時点で既に失踪から約30年が経過、自らを多く語らなかった彼女の調査は難航する。そんな中、失踪前の1年2か月の間、彼女が師に送り続けた7千句以上の句稿を発見する。そこには彼女が自らの生い立ちや身辺の出来事、折々の心境を告白する句が含まれていた。

こうしてしず子を追いかける旅は、大量の俳句を分析と並行しながら進んでいく。俳句を読み解くことでヒストリーに迫っていく著者の手技は秀逸である。本書には2冊の句集のほか、多数の未公開作品をもう読み切れないくらい掲載。ドキュメント愛好家も、俳句愛好家も惹き込む一冊である。

著者は、1952年の失踪までのヒストリーをほぼ突き止めている。1919年東京神田に生まれ、女学校、製図専門学校を経て就職した工場での俳句部入部をきっかけに俳句結社『樹海』に加入、作品の発表をはじめる。婚約者の戦死、母の死、同僚との事実婚と離婚。その後、東京を離れダンサーに。駐留米軍兵ケリーとの同棲と別離。第二句集の発表、失踪。

戦後の混乱期とはいえ、大変な人生である。米兵ケリーとの生活を詠む句などは穏やかに輝いているものもあり、それだけに苦難の影が濃く見える。朝鮮戦線からの帰国を詠んだ句がある。

秋の葉に嬉しき泪こぼしけり  (p.257)

しかしケリーは戦線で重い薬物中毒になっていた。療養のためアメリカに帰国した彼の死亡をケリーの母から手紙で伝えられたようである。

急死なりと母なるひとの書乾く  (p.259)

 
著者の調査にも関わらず、1952年9月以降の足取りは判明していない。存命なら100歳。叶うのなら、彼女と一緒にお茶でも飲んで、できればお酒でも飲んで、人生の話をじっくり聞いてみたい(私なんかにはきっと話してくれないだろうけど)。読了後しばらくたつが、鈴木しづ子が頭から離れない。(鉄)

(2019年6月発行、鈴木しづ子句集、小出蘭太評伝、河出書房新社、840円+税)

住職のための情報誌『月刊住職』を読んでみた

月刊住職 2019 9―寺院住職実務情報誌

月刊住職 2019 9―寺院住職実務情報誌

『月刊住職』は寺院住職のための情報誌である。仏教書に独特の難解さはなく、住職ではない私でも楽しめる。記事の本数がとにかく多い。今回採り上げる2019年(仏紀2562年だそうだ)9月号では全200ページ中に40本近くある。中から興味深い記事をご紹介したい。以下の「」内は原文のままである。

「聞いて意味不明の漢文読経のままでいいのか」
力のこもったタイトルだ。意味がつかめない漢文の読経に人は苦痛を感じているのに、漫然と続けるのはおかしいのではという問題提起に、宗派を超えた11人の住職が見解を述べている。お葬式では日本語のお経を唱えますという住職あり、お経は唱えることに意味があり教義は他の手段で普及すべきですという住職もあり。どちらの言い分ももっともだ。

「お寺にとって最新最良の音響設備」
音響にこだわった本堂や設備を備えた住職が、音響に悩む住職に丁寧なアドバイスしている。檀家の高齢化などにより、音の聞こえ方や響き方への住職の関心が高まっているらしい。スピーカー、アンプ、ミキサーの選び方、費用の目安、音響施工業者への相談の仕方など専門技術的な内容。

 

「参道の公衆トイレの清掃も経費も寺院に課す行政問題」
有名霊場寺院の参道にある公衆トイレをめぐる揉めごとの現地レポート。市が建てたトイレを寺院が清掃・管理してきたが、30年たち色々問題が出てきているという。記事はやや住職寄りで、行政の積極関与を求めて締めくくられる。同様の問題を抱える観光地は他にもありそう。

法律相談「無断で御朱印が本に掲載されたり本堂がジグソーパズルにされたら」
寺院は著作権法違反を主張できるか、という『月刊住職』らしいお題。ちなみに御朱印のほうは「各寺院が工夫を凝らして書体を工夫」した「美術の著作物」とみなしうるが、本堂のジグソーパズルのほうは権利主張が難しいとのこと。

仏教の精神世界と、世俗的で現代的な紛争や問題。この両者が、どこか上手く溶け合わず違和感を残したまま表現されている、不思議な雑誌である。それこそが現代の仏教現場なのだろうか。いずれにしても、素人の私はその微妙な違和感が快感となり、次はどんな記事?次は?と、どんどん惹き込まれた。これは読むべき雑誌だ。今後、書店に行くたびに最新号をチェックすることになるだろう。そして時折購入してしまいそうである。(鉄)

『バビル2世』再読② バビル2世の正義感はどこから来るのか

バビル2世 (2) (秋田文庫)

バビル2世 (2) (秋田文庫)

小学生の頃、将来の夢を答える場面で「世界征服」と回答する子がクラスに1人はいた。世界征服という言葉には、どこか悪いことという印象がつきまとう。かつての少年まんがや特撮で、悪のキャラクターは大抵、世界や地球の征服を目指していた。バビル2世のライバルであるヨミも同様であった。彼は初対面のバビル2世を、世界征服計画に勧誘している。

どうだ わたしを良き友とせぬか
わたしはまだまだすばらしい力を持っておる
きみと力を合わせれば世界征服などあしたからでもやれる(文庫版1巻p.67)

「まだまだすばらしい力を持っておる」という自己アピールがかわいいが、このオファーに対してバビル2世は確答を避け、改めて返事をすると言って立ち去る。しかし振り返ったバビル2世の眼に対決の意思を読み取ったヨミは、懐柔は困難と悟り、帰路のバビル2世を早速攻撃。ここに2千数百ページに及ぶ壮絶な戦いが始まったわけである。

ところで、バビル2世はなぜヨミの誘いを断ったのか。断わらないと物語が成立しないからといえばそれまでだが、もともと世界征服の阻止や正義の実現がバビル2世の使命ではなかった。再読して気づいたが、彼にバビルの塔を引き継いだ宇宙人はこう言い残している。

わたしはきみにこの塔のすべてを与えよう
それらを使いこの地球を征服するも地球人のために使うもそれはきみの自由だ(文庫版1巻p.47)

つまり、バビル2世には地球を征服する選択肢もあったのである。にも関らず、ヨミに真っ向対峙した理由は不明である。ご両親のしつけが良かったからか。戦後の人権・平和教育のたまものか。いかにも胡散臭いヨミへの不信感からか。

私がこの点にこだわる理由は、バビル2世が時として極めて冷酷であるからだ。ヨミの部下には悪人感のない普通の人が多数描かれているが、バビル2世はきりりと引き締まった表情そのままで容赦なく基地ごと葬り去っていく。生半可な人類愛や地球愛はそこにはない。世界征服に対抗する強い信念のためには手段を選ばないところがある。その意味で一種のテロリストである。その信念の由来が気になるのである。

作家の鳴滝丈氏はこれを「宿命」のなせる業と解される。

…彼(バビル2世)を闘争の場に駆り立てるのは、純白の正義感というより、自分が宇宙人の末裔であるという、抗いがたい<宿命>だ。
 その宿命の重さゆえに、浩一は、時として敵のヨミよりも非情に見える時がある。それは<選ばれた者>の哀しみでもある。(文庫版4巻の解説より)

選ばれた者の宿命。端的だが説得力のある解釈である。これを読んで思い出したのが、『タッチ』(作:あだち充)。高校3年生の夏、甲子園地区予選の決勝戦は延長10回裏、須見工の強打者新田に対し、明星学園の捕手松平は敬遠ではなく勝負を指示する。新田の礼に対して松平はこう返す。

こうなる運命なんです。それに素直に従うだけです。(文庫版13巻、p.287)

投手上杉達也は新田から三振を奪い、甲子園出場を果たす。

宿命・運命と勝利。少年まんがのセオリーなのかもしれない。しかし、勝ったのか負けたのか、上手くいっているのかどうなのかはっきりしない日々の生活で、現実にはないと知りながらも、時折こういうストレートな物語に惹かれる。(鉄)

『バビル2世』再読

バビル2世 (1) (秋田文庫)

バビル2世 (1) (秋田文庫)

人間が高い塔を作る不思議な夢を毎夜見るようになった少年、浩一。その夢は自分を長年待つ人物からのメッセージだと悟る。使者である怪鳥ロプロスに導かれた先は、砂漠に立つバベルの塔の遺跡。5千年前に不時着した一人の宇宙人が、塔の内部に優れた科学技術の成果を残していた。その継承者に選ばれたのが浩一(バビル2世)だった。彼はコンピュータからの教育により自らの超能力を知る。そして同じく超能力者であるヨミの世界征服計画を阻止するため、超能力、高度にコンピュータ制御されたバビルの塔、3つのしもべ(ロプロス、ポセイドン、ロデム)を駆使し、りりしい学ラン姿でヨミに挑む。

初出(1972年)からもうすぐ50年、アニメの勇壮な主題歌と共に有名な作品を久々に再読した。超能力という「静かに念じる」印象のパワーをここまでど派手なアクション漫画に拡張している発想が斬新だ。

超能力と戦闘アクションを繋ぐのは、超能力を攻撃に用いる発想である。バビル2世もヨミも、超能力で敵を殺めたり、ビルを破壊したりするほどの力を持つ。しかしそれでは単純に超能力が上回る方が勝りかねない。もともと超能力のうえでは(どうやって比較するのか分からないが)バビル2世のほうが上。実はかつてヨミがバビルの塔の後継者候補だったが、能力不足との理由で、塔の記憶を消去され砂漠へ放り出されていたのである。

二人の間にある本質的な力量の差。これを対等な戦いにするための工夫が施されている。


(1)資金力と組織力に差をつける
バビル2世の味方はバビルの塔と3つのしもべしかない。国家保安局という官庁や自衛隊と共闘する場面もあるが、勝敗の決め手になっているとはいい難い。ヨミは何度つぶされても巨大な基地を再建する資金力と、常時多数のスタッフやシンパを有する。その意味で優勢である。

(2)3つのしもべをヨミにも操縦させる
3つのしもべがバビル2世だけでなくヨミの超能力にも反応するようにすることで、バビル2世側に一定のハンデを与えている。ここでトドメだ!というシーンでしもべが突然バビル側を攻撃したり、指示が混線してフリーズしたり、という具合である。

(3)ヨミの能力を漸次向上させる
ヨミは3度落命しているが、復活のたびに能力を高めることになっている。バビル2世に迫りくるヨミの姿に読者はハラハラし、両者の戦いに胸を熱くするのである。

文庫版で全8巻。アニメでご覧になった世代の方にも、若い方にも知っていただきたい名作である。研究し甲斐のある作品だが続きは他日を期したい。(鉄)

【書評】骨は語る 徳川将軍・大名家の人びと

骨は語る 徳川将軍・大名家の人びと

骨は語る 徳川将軍・大名家の人びと

鈴木尚著、198512月発行、東京大学出版会221頁、5,000円+税)

戦時の空襲は、東京・増上寺徳川将軍家のお墓まで廃墟にしてしまった。戦後10年余りを経て改葬の運びとなり、これに先立ちお墓や遺体(全38体)の学術調査が行われた(昭和33~35年)。本書は遺体の調査担当者として携わった著者が、2代将軍秀忠をはじめ将軍家関係者の調査結果を紹介するものである。後半では伊達家、水野家などの徳川家以外の大名家関係者も取り上げている。

江戸時代の庶民は丸顔・がっちり顎・低い鼻が一般的だったが、将軍家はというと、徐々に面長・高い鼻・細い顎になっていったことが調査で判明したという。これは庶民と相当雰囲気の違う顔つきで、武士の公家化の表れであるという。200年ほどの間に親の顔に似るという以上の「小進化」を遂げたという分析は興味深い。

21歳で亡くなった14代将軍家茂の歯は97%が虫歯に侵され、その早すぎた死に影響したと推測している。歯のエナメル質が薄く虫歯になりやすかったようで、気の毒である。上下顎の歯の写真は素人が見ても実に痛々しい。将軍にしてもこうだったのだ。貴賤の別なく人は苦しい思いを続けたのだろう、ということに改めて気づかされる。現代医療は有り難いものである。

土葬なので頭髪が一緒に発掘されている人もいる。江戸美人であったという天親院(13代家定の正室)は疱瘡を患い26歳で早逝したが、遺体にはお団子にまとめた髪がきれいに残っている。「しかし、後頭部の髪の毛は圧迫されて、複雑にからみ合い、長く病床にあったことを思わせるものがあった(p.110)」というから、やはり最期はご本人も周囲も大変だったのだろう。

本書に登場する遺体からは、歯磨きを頑張ったと思われる歯のすり減り、女性がつま先を内側に向けて歩くよう習慣づけられたと思われる大腿骨のゆがみ、骨折が自然治癒した痕跡などが発見されている。まるで生前のヒストリーを土の中で大切に記憶していたかのようだ。本書を通じて、その人の一生を思い、同情することができる。これは本書をミクロ的な研究報告にとどまらせなかった著者の成果である。本書が初出後30余年を経てなお書店に並ぶ理由が分かるような気がした。(鉄)

模造紙不安(もぞうしふあん)

今週のお題「わたしの自由研究」

模造紙不安(もぞうしふあん、英:simili paper anxiety)とは、小学生時代に課された夏休みの自由研究における失敗体験や劣等感が原因で、成人後も、自由研究の成果の記載によく用いられる「模造紙」に反応してストレスを感じる心理状態をいう。

社内研修、企画のアイディア出し、ブレスト等において、パソコンやホワイトボードを使う場合には何ともないのに、模造紙が登場する場合に限って心が落ち着かず、焦燥を感じることで、模造紙不安を自覚することもある。

模造紙不安の提唱者、Tetsuzan氏はいう。「小学生当時、研究とは何かを新発見することだと思っていた。しかし何をどうやって発見すればいいのか考えもつかなかった。あれは小学5年か6年の夏、夏休みも後半に差し掛かった頃だった。甲子園出場校の戦力研究は順調だったが、宿題の自由研究は手つかずだった。ある夕刻、セミの幼虫を見つけた。もう、これで手を打とう。家に連れて帰り脱皮の様子をスケッチした。脱皮はゆっくり進むので描きやすい。色鉛筆で着色し、時系列にそって模造紙に貼りつけた。こうして自由研究は完成したのに、敗北感でいっぱいだった。こんなのは研究とはいえないと思っていた。そこまで思いつめることもなかったのかも知れない。」


最後に・・・
模造紙不安とは私の造語であり、上記は私の個人的体験に過ぎない。しかし、同じような経験をお持ちの方がいらっしゃるのではないかと思っている。なお本家のWikipediaによると、セミの羽化の観察は代表的な自由研究のテーマであるらしい。(鉄)

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切なくも美しい怪談

今週のお題「残暑を乗り切る」

怪談 (英文版) ― KWAIDAN (タトルクラシックス )

怪談 (英文版) ― KWAIDAN (タトルクラシックス )

  • 作者: ラフカディオハーン(小泉八雲),Lafcadio Hearn
  • 出版社/メーカー: チャールズ・イ・タトル出版
  • 発売日: 2004/10/01
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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松江市小泉八雲ラフカディオ・ハーン)ゆかりの地である。8月末、同市に立ち寄った記念に市内の書店でハーン著『怪談』を購入した。同書から切なくも美しい怪談をひとつご紹介し、日本の残暑と闘う同志の皆さまにささやかな涼をお届けしたいと思う。タイトルをA Dead Secret(邦題『葬られた秘密』)という。

丹波の田舎の豪商が、娘の「お園」に都の女性の礼儀作法を学ばせてやりたいと考え、京都へ送り出した。お園は京都で稽古を修め、父の知人の商人と結婚。一男を授かり幸せな日々を送るが、嫁いで4年目に病死する。

お園の死後、遺品を納めたたんすの前にお園の亡霊が佇むようになる。遺品に未練があるのかもと、お寺で処分するも再び出現する。困り果てた遺族は禅寺の高僧に相談。ある晩、僧が一対一で亡霊と対面する。無言でたんすの前に佇むお園の思いを探る禅僧。遂にたんすの中敷きの下に隠された一通の手紙を発見する。それは京都での娘時代に彼女がもらった恋文であり、これがお園の心残りだった。手紙を明朝焼き捨て、内容は口外しないと約束すると、お園は微笑んで姿を消し、その後二度と現れることはなかった。

いつか家族の目に触れないとも限らない、しかしどうしても処分できなかった恋文を気にかけ、無言でうつむく彼女。可憐である。手紙の内容を推測するのは野暮というものだろう。物語は次のように締めくくられる。

The letter was burned. It was a love letter written to O-sono in the time of her studies in Kyoto. But the priest alone knew what was in it; and the secret died with him.

(灰となった手紙、それはお園が京都で修行していた頃にもらった恋文であった。たったひとりその中身を知っていた僧もこの世を去った。そうして手紙の秘密も共に葬られた。(拙訳))


慈悲深い禅僧の手で手紙が供養され、お園は成仏した。見方を変えれば、これで家族は美しいお園の姿を永遠に見られなくなったということでもある。いずれにしても切ない。(鉄)