本の山 〜お薦めの本、山積みに〜

今日か明日、書店に行きたくなる書評

廃棄したはずの本に古本屋で再会

今週のお題「激レア体験」

人事異動を期に、自分で買って職場に置いていた売れなさそうな書籍をまとめて処分したことがある。悲しいが、時にはやむを得ない。書き込みをしたりして価値がなさそうなものを紐で縛り、ビルの地下にあるひんやりした集積場に運んだ。

その後1年は過ぎただろうか。仕事帰りの解放感に任せて市内の古本屋に立ち寄った。居並ぶ背表紙を眺めながらぶらぶら歩くのは至福のときである。そのとき、一冊の懐かしい本を見つけた。私のいる業界以外の人の関心はおそらく惹かないだろうマニアックな本である。前の部署のとき買ったよな、異動の時に捨てたっけ。手に取ってひっくり返すと、本の小口から見覚えのあるインデックスシールが突き出していた。そこに書かれた文字は明らかに私の筆跡である。

それは紛れもなく私が廃棄したはずの本だった。

これはドラマで崖から突き落とされた人が最後に現れるシーンに似ている。

「お、お前がどうしてここに。お前は確かあのとき...」

ドラマなら相手が不敵にほほえみ、手短に経緯を説明してくれるが、本は私の手の上で静かにしている。本だけに読み取れ、ということか。

誰かが地下の集積場から持ち出して売ったのか、回収業者経由で流通したのか、そんなところだろう。大胆にも1260円の値札がついていた。人の本で儲けやがってと少し頭に来たが、元は自分が処分したものである。それにしてもそれを再び手にするとは奇遇である。

懐かしさから買おうかとも思ったが、自分が廃棄した本を1260円でもう一回買うのも何か変なので、書架に戻した。

その本はなかなか売れず、何年も同じ場所に刺さっていたが、先月行くとなくなっていた。売れたのか、あるいは今度こそ廃棄されたのか、分からない。本だけにカミのみぞ知るということか(しつこい?)(鉄)

パフォーマンスを上げたい!その方法は?心理学の最新理論を使える知識として解説(【本の紹介】『実力発揮メソッド』(外山美樹著,講談社,2020年2月刊))

実力発揮メソッド パフォーマンスの心理学 (講談社選書メチエ)

実力発揮メソッド パフォーマンスの心理学 (講談社選書メチエ)

  • 作者:外山 美樹
  • 発売日: 2020/02/12
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

 本書のタイトルは『実力発揮メソッド』。「自分には実力といえるほど凄い力,ないしな…」という引け目を誘発しそうだが,大丈夫。ここで実力とは個々人が持っている能力を指す。本書はよく生きるためにその能力をうまく発揮することを目指す一般読者に向けて,心理学の最新研究を踏まえた考え方を紹介するもの。研究成果が私達の日常生活に応用できそうなスキルまで落とし込まれている点,巷の自己啓発本とは一線を画する。

7章からなる本書。1~3章では遂行したくなる目標の立て方,実行するモチベーションを保ち高める方法,成果につながる/つながらないフィードバックの方法を解説。4・5章では周りとの比較がパフォーマンスに及ぼす影響を「有能感」「社会的比較」という切り口で見る。ここは特に面白かった。6章ではパフォーマンスの強敵「あがり」にどう対処するかを扱い,7章で全体をまとめる。

正月に「今年の目標」と題して手帳に箇条書きしていた時期があったが,大抵実現できず,果ては書いたことさえ忘れる有様だった。本書によると抽象的な上位目標(著者の最上位目標は「自分の人生をより良く生きること」だという)を置いてから,関連する下位の具体的目標を立てる「ピラミッド型」が良いという。実現性の高い目標を達成するにはどうすればいいかという興味深い研究結果も紹介されている。私も心を入れ替えて,現在ピラミッド建設中である。

一般的に人は厳しい環境で揉まれるほうが強くなると言われがちだが,能力の高い人ばかりの環境か,自分の能力が相対的に秀でている環境のどちらが本人のパフォーマンスにプラスに働くかは,実は人によって違うという。特定の人と自分を比較する場合でも同じことで,力の接近している人と比較するのと,力のもっと優れた人のどちらをライバルに据えたほうが本人のパフォーマンスが上がるかも,人によるのだそうだ。自分を追い込むことだけが成長の手立てではないということのようだ。

そもそも自分がどういうタイプなのかが判明しないと使えない理論も載ってはいる。とはいえ,コンパクトな本文162頁に紹介し切れないほど多数の説やアドバイスが満載。根性論やどこかの成功者の体験談とはまた違うアカデミック視点が刺激的だ。仕事,勉強,それ以外の活動をこれからも頑張りたい,でも少し目先を変えて成果を出したいと願う方には,ぜひお薦めしたい。(鉄)

【本の紹介】『あなたのことはそれほど』(作:いくえみ綾)ドラマ化もされ話題になりましたね

あなたのことはそれほど 1 (Feelコミックス)

あなたのことはそれほど 1 (Feelコミックス)


ヤング女性向けの漫画雑誌『FEEL YOUNG』に2010年から2017年まで不定期に連載された作品である。2017年にはドラマ化されている。一言でいえば,どろどろのW不倫モノである。

美都は勤務先の眼科クリニックで知り合った涼太と穏やかな結婚生活を送っていたが,中学時代に好きだった同級生光軌と偶然再会,以後関係を持つようになる。涼太は美都の寝言をきっかけに彼女の携帯を盗み見るようになり,遂に光軌の存在を発見。光軌には,美都と再会したときすでに妊娠中の妻であり高校時代の同級生・麗華がいた。

…と,この辺まではある意味想定内の展開なのだが,ここからキャラクターの個性が出てくる。妻の行動を知った涼太はそんな君を今でも愛する,僕は君と離れないよという姿勢で,それが執拗かつ不気味に描写される。光軌と出会えてはしゃぐ美都はこれを露骨に嫌悪,きらきらしていた2人の関係性は悲しいほど大きく変わっていく。
一方,複雑な家庭環境に育ち早熟だった麗華は,人の心の動きに対して異様に勘が鋭い。脇が甘々の光軌とは違う。早々に夫と美都の関係を察し自白させた彼女は,娘を連れて突然実家に帰り,復縁を迫る夫を隙のない正論で静かに責める。2組の夫婦のうち1組は婚姻を解消し,もう1組は続く。悩める若い男女4人はどうなるのか。

人気を反映し,ネット上ではこの作品に対するコメントが大量に存在する。見てみると,美都と光軌の考え方や行動に対する非難,嘲笑の声が多く,中にはかなり感情的なものもある。コメント主の中心を占めるであろう「ヤング女性」層には許しがたい行為なのだろう。よく分かる。しかし4人は皆,誰かに愛されたくて,その人なりに瞬間を生きているように見える。その健気さが何か伝わってきて,私には責める気になれない。作者のいくえみ綾さんも何かの対談の中で,特に登場人物に感情移入せずに「客観的に」描いていると言っていた。どろどろのW不倫モノ,正しい行為かどうかは別として,自分の衝動・欲望を抑え続けることができない,そしてそれを隠し通すことができない人間の切なさを,どこにでもいそうな登場人物を通じて感じさせる名作なのである。

個人的には麗華の不思議な魅力を感じる。正論を通す別居中の彼女が,最終巻で光軌とするやりとりを,ネタバレにならない範囲で。(過労で2日間入院したことを光軌が彼女に告げる場面)

麗華「私も 見てほら 白髪増えちゃった 元々多いのに…」(光軌を見つめる)
光軌(麗華を抱きしめて)「美容院…行きなよ きれいにしてきなよ」
麗華「……そんな 急に行けないし」
光軌「予約しなよ (中略)ゆっくりきれいにしてきなよ」
麗華「…なら ちょっと放してくれる?」
光軌「やだ」
麗華「……行けないじゃない…」「有島君」
光軌「…何,委員チョ」(注:学生時代の呼称)
麗華「あなたの 浮気一つでこんなにも乱される自分の心に興味がわきました(後略)」(第6巻 final sectionより)

ああ,やっぱり面白い漫画を活字だけで紹介するのは難しい。人物の心理描写が繊細なだけでなく,何と言っても絵が綺麗で,女性登場人物の魅力や表情の描写が秀逸。恥ずかしさをしのんで全巻大人買いしてレジに並んだ甲斐があった。(鉄)

あなたのことはそれほど 2 (Feelコミックス)

あなたのことはそれほど 2 (Feelコミックス)

あなたのことはそれほど 3 (フィールコミックス)

あなたのことはそれほど 3 (フィールコミックス)

あなたのことはそれほど 4 (フィールコミックス)

あなたのことはそれほど 4 (フィールコミックス)

あなたのことはそれほど 5 (Feelコミックス)

あなたのことはそれほど 5 (Feelコミックス)

あなたのことはそれほど 6 (フィールコミックス)

あなたのことはそれほど 6 (フィールコミックス)

さようなら、小さな広場の喫煙所

東西に並ぶ古い商業ビルが,2階部分の通路でつながる。通路の南面には屋根がなく,幅20メートル程度の小さな広場になっている。このスペースは喫煙場所として使われてきた。3月中旬,年季の入った3台の灰皿に張り紙を見つけた。3月末で喫煙場所としての利用を廃止するという。

この場所は,ある時期,私にとって心の支えだった。昨春,人事異動ではじめて企画部門に配属された。担当するラインには難航しているプロジェクトが幾つかあることは前から知っていた。行くとやはり難しくて,配属直後から上司や役員から遅れや不備を責められ,結局ゴールデンウィークも出た。今考えれば,自分がいなかった時期の不備を指摘されても困るのだが,その時はここで失敗したら先がない,と自分で追い詰めていた。そういう余裕のない心境ではナイスなアイデアや行動は出てきにくい。

この喫煙場所は,勤務先と駅を結ぶ線から少し西にずれたところにある。いつしか出勤前にここに寄るのが日課になった。3人掛けの椅子が2脚あって,空いていればその端っこに座った。意識して何も考えないようにしながら,重たい煙をただゆっくり吸ったり吐いたりした。

毎日同じ時間に通うと,同じ人に出合う。多くはなかったが,いろいろな人がいた。明るい色の髪をひっつめて,いつも同じ場所にまっすぐ立って喫煙する女性。朝なのに疲れ切ったようにうなだれていた寝ぐせ頭の若い男性。自分はどのように見られているのだろうと考えたりもした(出社拒否気味な会社員か)。ここには皆ひとりで来る。仕事前に自分を整える人の無防備なしぐさや,憂鬱を振り払って頑張ろうとする人の姿を,毎朝見せてもらった気がする。

朝の太陽光線が熱く感じられる初夏になっても,毎朝,毎朝,飽きもせず同じことを繰り返した。ここで過ごす20分間が心の安定剤だった。しかし夏にオフィスが別ビルに移転となり,時間的にそこには通えなくなった。この場所に頼ることなくやっていかなければならなくなった。

夏が過ぎ,長い秋も,寒さが厳しくない冬も終わり,また春が来た。ブレイクスルーを求めて相当多数の方々に時間を作ってもらい,話を聞きに行き,立て直しに臨んだ1年だったが,達成度には不満があった。そんなわけで3月の人事査定は「死」を覚悟して臨んだが,想像以上の評価をもらい逆に拍子抜けした。4月から同じ部署での2年目がスタートしている。

今後,どうしても心の退避場所が欲しくなったとき,どうしようか。別に喫煙所でなくてもいいのだが,あの場所以上のものは現れるのだろうか。そういうものが必要とならない日々を送りたいものだが,その時になれば考えるしかない。今は,いつも私を待っていてくれたあの喫煙場所が懐かしい。そして,当時その脇を通行していた皆さんにお詫びしたい。毎朝,長居してすみませんでした。(鉄)

補足:私は「吸える場所が不当に減らされすぎている」とか「喫煙者が虐げられている」といった意見に賛同しない。周囲との関係性による調整ごとは,何も喫煙に限ったことではない。たばこの持つ性質に対する理解の変遷に応じて規制やマナー意識が移ろうのは,当然である。

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デューク東郷(ゴルゴ13)にそのような悩みはないのだろう。たぶん。

悩みを解決するのではなく消去する?エピクテトス先生,どういうことですか?【本の紹介】『奴隷の哲学者エピクテトス 人生の授業』(荻野弘之著,かおり&ゆかり[漫画 ])

生きているといろいろある。ローマ時代の哲学者エピクテトス(西暦50/60年頃~136年頃)の言葉を読むと,約2000年前の人びとにも,他人からの評価に一喜一憂し,邪険に扱われれば心を乱し,仕事や人間関係が思わぬ方向に進めば焦って不安になり,人が成功すれば嫉妬する,など現代の私達と変わらないお悩みがあったことが分かる。

そして一部の人々は,心安らかに生きる知恵を哲学に求めた。本書はエピクテトスの思想のエッセンス集『提要』から選りすぐりの約30か所をもとに,私たち現代人が抱える面倒な悩みごとを落ち着いて考えるためのヒントを見出そうとするものである。なお,エピクテトスは奴隷の両親の家に生まれ,解放後に哲学を講じたという珍しい経歴の人である。

エピクテトスの思想をシンプルに表すのは,このフレーズである。

君ができること,まさにそのことに励めばよい。(p.49)

何だありきたりな…と,どうか思わないで下さい。エピクテトスは,自分の権限でどうにかなる事柄を「権内」,そうでない事柄を「権外」と呼ぶ。「君のできることに励め」には「権外のことは,君にはどうしようもないので,それに権限を持つ他人に任せ,気にしないでおきなさい」という意味もある。自然現象や他人の頭の中はしょせんコントロールできないという諦観がある。

エピクテトスによるこの「権外」の範囲はかなり広い。他人から自分に対する評価や仕打ち全般の他,弾圧による刑罰,病気等の他,人間としての自分の価値に関係ない(と彼が考える)財産や社会的地位もまとめて「権外」扱いである。この点,エピクテトスの信念は相当強固である。例えば彼の講義録である『語録』では,多種多様な事例をくどいほど繰り返し示し,自分でどうにもできないことに一喜一憂することはやめておきなさい,と説いている。さすがにここまで徹底するのは難しいけど,確かに多くの悩みは結局,「権外」のことなんだよなと気づかされる。

この考え方は,悩みや課題の多くを正面から打開するのではなく,もともと解決できる課題じゃないですねと,お悩みリストから消去するものである(著者もこの点を指摘する)。現代の私達のもつドロドロした感情(イライラ,悲しみ,嫉妬,経済問題,健康等)はすべてこの発想で解決・解消できるものではないとは思うが,一方に振り切れた自分の視野をニュートラルな位置の方向に移動させる効果は,少なくともあるのではないかと思っている。少なくとも私にとってはそうである。

なお,彼は権外のことを無視しなさいと言っているだけではなくて,それでも日々心に浮かぶ様々な感情をどう処理していったらいいのか,ということについても説いている。

最後に,私が好きなフレーズを一つ。

出来事が,君の望むように起こることを求めてはならない。むしろ,出来事が起こるように起こることを望みたまえ。そうすれば君は穏やかで幸福な生活を送れるだろう。(p.61)

私はこのフレーズを好むあまり手帳に貼って時々眺めている。

著者(荻野弘之氏)は西洋古代哲学の専門家。エピクテトスの人物像や時代背景をも分かりやすく説明し,心地よい言葉が並ぶだけの自己啓発本とは一線を画している。随所に挿入される見開き2頁ほどのまんがに親しみがわく。(鉄)

『太陽にほえろ!』番組プロデューサーによる貴重な証言。とにかく熱い。【本の紹介】『太陽にほえろ!伝説』(岡田晋吉著・ちくま文庫・2020年2月刊)

太陽にほえろ! 伝説 (ちくま文庫)

太陽にほえろ! 伝説 (ちくま文庫)

太陽にほえろ!』と聞くとあの乾いたテーマ曲が反射的に脳内再生されたあなた、同志と呼ばせていただこう。『太陽にほえろ!』は19727月から198611月までの145か月間、合計718話を世に放った刑事ドラマである。企画から最終回までの全作品を担当した岡田晋吉プロデューサーによる回想録が増補加筆のうえ発行された。制作過程や裏話が詰まった貴重で、熱量の高い記録である。

1970年、岡田氏は日本テレビで長期安定番組の企画を検討、ライバル社TBSの人気番組『キイハンター』等を研究し、バラエティ要素のある集団アクションものがいけると読んだ。これを当時減っていた刑事ドラマとして構成し、視聴者が若い主人公の成長物語をメインに据えて出来上がったのが『太陽…』だ、とのこと。緻密である。ノン・セックスを貫くことで模倣犯を防ぎ、家族で安心して見られる番組とするなど、独自のこだわりもあったという。多くの人に長く受け入れられるものには、やはり熱い思いと、筋の通った思想があるものなのだ。

 マカロニ刑事ことショーケンジーパン刑事こと松田優作などのキャストのほか、脚本家小川英ら番組を支えた人達とのエピソードも充実。岡田氏はじめ関係者が真剣勝負で一作ずつ、しぼりだすように世に送り出してきたことが分かる。ここまでやったから歴史に残り、何の悩みもなくただボーっと番組を見て楽しんでいた当時小学生の私の中にも残っているのだろう。

私は俳優・露口茂が演じた刑事「山さん」が、昔から特に好きだった。各刑事には3分程度のテーマ音楽があるのだが、今でも疲れたときには「山さんのテーマ」を聴いてしまう。露口氏起用の目的は青春刑事モノであるこの番組に、3040代の女性を惹きつけるためだったという。

ややもすると若い人の趣向に合わせ過ぎるこの番組に、大人の鑑賞に耐えうるものを注入してくれたのが彼だった。(p.99

ブラウン管の中(当時はこれ)は眉間に深いしわをつくっていたが、人情味のある刑事だった。あの異様な安定感、安心感。ああいう大人の男になりたかった。

ここまでで紹介し切れなった刑事、俳優らにまつわるエピソードも多数。後半の「ベストエピソード100」には、例えば当時19歳の浅野ゆう子が大胆にもボス(石原裕次郎)に対して「あら、私のほうが股下が長い」と発し石原が驚いた、という小ネタ的エピソードも満載。久しぶりに『太陽にほえろ!』を思い出した方、昭和文化に興味がある方にお薦め。(鉄)

追記:当時、『太陽…』同様に多人数の刑事のチームを描いた作品に『特捜最前線』があった。私には実はそちらのほうがなじみ深い。世間的にはどちらが人気なのかよくわからないが『特捜最前線』を語る書籍のほうが比較的少ないようにも感じる。いずれ探したうえで、ご紹介したい。

この本がインドネシア語学習のスタンダードになる予感(【書評】『ワークブックインドネシア語 第1巻』森山幹弘ら著)

ワークブック インドネシア語 第(1)巻

ワークブック インドネシア語 第(1)巻

人口は世界第4位,歴史上も経済上も日本と関係の深い国インドネシア。しかしインドネシア語語学書は意外と少なく,書店での専有面積も広くはない。「アジア諸外国語」などとひと括りにされることもあり、悲しい。特に文法書が少ない。基本的な文法が比較的シンプルだからか。それとも需要がないからか。いずれにしても,会話の面では日本語にはないRの独特な発音や、「エ」の口で「ウ」と発する母音などを習得する必要があるものの,単語を繋いでいけば何となく通じる寛容さがある。

私はかつて「おはよう」「ありがとう」程度の言葉しか知らない状態でジャワ島へ渡った。現地で会話してくれたすべてのインドネシア人の方々が、私の先生だった。今でも日常的な読み書きにほぼ支障はないのだが、フォーマルな会話・文章作成に限界を感じる。この状況をブレイクスルーするため、本書を頼りに文法を一からやり直してみることにした。

2018年発行の本書、体系的なインドネシア語テキストではおそらく最新の作品である。3分冊、それぞれ100頁前後という抑えた分量の中で、基礎はもちろん,微妙にニュアンスが異なる類似表現まで,微細に解説している。

例えば、動詞punya(プニャ)とada(アダ)の用法について。

Dia punya mobil.(彼は車を持っている。)

Dia ada mobil.(彼には車がある。)

日本語にすると似たような意味合いになるが、punyaのほうは「車を恒久的に所有しているという意味合い」,adaのほうは「一時的にあずかっているという意味合いをふくむ」と解説される(128頁)。このように定型的な文法を超えた微妙な情報が随所に差し込まれている。ある程度インドネシア語ができる方が読まれても「そうそう!」と確認して楽しめる。

インドネシア語の体系書として長く王座に君臨してきたのは『バタオネのインドネシア語講座初級』(めこん、1989年初版)であった。『バタオネ…』に比較して、本書は扱う単語や表現も今風。かつ全体分量が3/4程度というコンパクト感が最後までやり切る励みにもなる(私は『バタオネ…』全389頁を結局通読できなかった)。もっとも、本書には長文はあえて掲載されておらず、かつ演習問題も多くはない。指導者がつく大学等での活用を想定しているのかもしれない。

令和の時代、本書がインドネシア語学習のスタンダードになると私は確信している。インドネシア語の世界にご興味のある方、きっちり学びたい方には、お薦めしたい。(鉄)

(『ワークブックインドネシア語 第1巻』森山幹弘+柏村彰夫+稲垣和也:著、三元社、1,400円+税)