【書評】セレンディップの三人の王子たち ~ペルシアのおとぎ話~ [編訳]竹内慶夫
(2006年10月発行、偕成社、201頁、700円+税)

セレンディップの三人の王子たち―ペルシアのおとぎ話 (偕成社文庫)
- 作者: 竹内慶夫,増田幹生
- 出版社/メーカー: 偕成社
- 発売日: 2006/10/01
- メディア: 単行本
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「偶然と才気によって、さがしてもいなかったものを発見する」(p.188)ことをあらわす「セレンディピティ」の語源となった物語である。児童向けの偕成社文庫に収められている。この物語から教訓を見出そうとする人もいて、それはそれで結構だが、純粋に「お話」として楽しみたい。現代の大人が、読書の楽しさを再確認できる作品だ。
物語はセレンディップ(スリランカ)で始まる。国王は、3人の王子らの成長のため、彼らに旅に出よと命ずる。彼らはわざわざ旅なんかしなくても十分に聡明で謙虚なのだが、命令の意図を解し、3人で国を発つ。旅先では待ちかまえていたような事件に巻き込まれる。ラクダ泥棒のかどで死刑を宣告され、滞在先の国王には家臣による暗殺計画を阻止するアイデアを求められ、インドの女王には海上に浮かぶ巨大な「右手」を鎮める知恵を求められる。王族の彼らにとって多分初めての困難だ。王族でなくても、普段、巨大な右手を相手にすることなどない。しかしそこは聡明な3人。冷静に、知的に、勇敢に挑み、見事クリアしていく。果てはトラを犬のように手なずける。王子さま。あなた方はいったい何者なのですか。
王族のほまれ高く、しかもこんなに頼もしい彼ら。モテないはずがない。皆、美しい妻をめとる。父の跡を継いだ長男に至っては素敵な第2夫人までもらい、しかも妻同士は「すっかりうちとけてくらし、けっして嫉妬の影をおとすようなことはなかった」(p.183)。こちらが嫉妬する展開である。
王子サイドはハッピーエンドである。しかも金に飽かして得た成功ではなく、3人とも謙虚に学び、努力している。爽快である。大人になると読書の対象は、情報を提供し、悩みを解決に導き、社会課題をときに礼節を欠く言葉で論じるものが多くなりがちだ。小説だって込み入っている。現代の私達は、おとぎ話だけを読んで生き抜くことはできないが、たまにはこういう屈託のない話もいい。物語の成立過程に、聖人君主への待望を感じる。背景には圧制に苦しむ民衆の姿があったのかもしれない。しかし深読みは一旦脇に置き、テキストを純粋に楽しむ読書があってもいいだろう。
翻訳が美しいのも特徴。編訳者である竹内慶夫氏の、物語に対する思いが伝わる。大人の皆さん、書店では恥ずかしがらずに、児童書コーナーで本書をお手に取ってみてくださいませ。