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こんなはずではなかったと、彼は死刑の日の朝、言った

【書評】「カルト」はすぐ隣に オウムに引き寄せられた若者たち [著]江川紹子

20196月発行、岩波書店223頁、900円+税)

 

「こんなことになるとは思っていなかった」地下鉄サリン事件の実行犯の一人は死刑執行当日の朝、こう言ったという。なぜ真面目で優秀は若者がのめり込み、大変な事件に関わったか。当時、多くの人がそれを知りたがった。しかし事案は複雑で、報道は次第にまばらになった。先の「なぜ」に答えを見つけた人は多くはないだろう。

著者の江川紹子氏は、早くから教団活動の問題点を指摘してきた。本書では、あのような惨事が再び起こらないようにと若年読者に語り掛ける。当時幹部だった5人の元信者を中心に、教団に引き寄せられた社会背景や心境、事件に関わった経緯、その後の考えの変化を、丁寧に追いかける。最後にカルトに引き寄せられないための方策を示す。当時、事件報道に接し今でも心に引っかかる世代の皆さんにもお薦めする。

5人の元信者らが入信したきっかけは様々だ。悩みや体調不良の改善のためヨガをするうち神秘体験をした人。軽い気持ちでヨガ教室に参加しているときに修行が進むのが早く、前生でも修行をしていたのですね、と評価されたのが「殺し文句」になったという人。その他、入信していた友人を救出しようとして自分も入信してしまった例も紹介される。

入信した彼らが確信的な犯罪に至るまでの、心の動きを追う箇所には、取材の蓄積と厚みを感じる。犯罪に一歩ずつ近づくときの心の流れと、行為の記述がなまなましく、こちらが緊張した。彼らは重大な分岐点で「このまま進んでいいのか?」と違和感を抱いていた節がある。その感覚に基づいて引き返せなかったことを、各人が後悔している。やり切れない。

カルトの見分け方として、極端な二分法や、一つの価値観への固執、社会規範からの逸脱や他人の権利の侵害を行おうとする姿勢が見えたら距離を置くべき、とする。お金の話が出ても要注意。マインドコントロールやカルトにつかまる危険は誰にでもあると著者は繰り返す。切実なタイミングでどこまで冷静に判断できるかという問題はあるが、平常時の心がけは大切だ。

何かありきたりな結論になってしまった。とにかく、本書はあの一連の事件を知り、知って考えるための素材にふさわしい。それにしても223頁でよくここまで表現できるものだと思う。著者の仕事と願いが詰まった一冊だ。