負け犬の読書灯 〜本はいい。無秩序にご紹介〜

今日か明日、書店に行きたくなる書評

太平洋を1年5か月漂流した後、アメリカ、アラスカ、カムチャッカ経由で帰国した船長の話(200年前)

今週のお題「海」江戸時代後期、15か月もの間、太平洋上を漂流し生還した日本人がいた。史実に残る日本最長記録との説もある。彼らは181311月、督乗丸なる船で江戸から愛知方面に航行中暴風雨にあい、太平洋を漂流する。船上での凄惨な日々が15か月近く続く。18152月、航行中のイギリス商船に救助されたとき、乗組員は14人から3人に減っていた。3人の生命力がすごい。イギリス船の船長の計らいで、アメリカ大陸西海岸を北上、アラスカからカムチャッカ半島を経由して島伝いに移動し、18174月念願の帰国を果たす。
 

帰国した2人中の一人、船長「重吉」の回想録が残っている。これによると、暴風雨で舵がやられ、風の抵抗を避けるため早々に帆柱も切り落としている。つまりは浮かんでいるだけだ。こうなれば神頼み。髪を切り落として神に祈ったり、おみくじを使ってお告げを聞いたりしている。漂流から約半年たつと、乗組員が次々病死。水葬で海の神が怒るのを恐れ、半年以上遺体と同居したという。が、最後はやはりおみくじで水葬してよしと神託をもらい、海に還す。海水を蒸発させて飲み水を作ったり、鰹を釣って食べたり、海の男はたくましい。
 

イギリス船に救助され、言葉の通じない船長と握手するシーンは感動。乗船し、何とか意思疎通する中で日本を「ジッパン」というと知り、彼らの出身地を「ランダン」と聞き取る。しかしランダンという国は知らない。そこで「ランダンとはヲランダという事なるべし」「程なく長崎に至るべし」と考えた(実はLondon)。果たして着いたのはアメリカ西海岸の港だった。落胆の描写が切ない。アラスカでは歓迎され、パーティで6人の美女から口をなめられた(歓迎のキス?)とある。ロシアではロシア語の習得に励み、センテンスで意思疎通した様子もうかがえる。
 

以上は『異国漂流奇譚集』(昭和2年発行、昭和46年復刊)所収の「督乗丸船長日記」を参照した。編者の石井研堂氏は、自分の書斎を『漂譚楼』と命名するほど漂流事件に強い興味を持ち、史実の収集に努めた人である。本書は現在絶版。惜しい。

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