負け犬の読書灯 〜本はいい。無秩序にご紹介〜

今日か明日、書店に行きたくなる書評

「思考回路だけ身につけろ。そしたら集中力なんかパッコ~ンだ!」(本文より)

【書評】集中力のひみつ [著]伊藤丈恭
(2018年4月刊、芸術新聞社、235頁、1,600円+税)

集中力のひみつ

集中力のひみつ

クリエイティブ部門への異動を希望する広告代理店勤務のポジ男とネガ子は入社同期の30歳。2人はアイディアを生み出すための集中力を高める秘訣を教わりたい。相談を受けた天才女優ママが紹介したのは、元劇団員で今は浅草の喜劇俳優である弟の誠。誠はこの役目を嫌々ながら引き受け、浅草寺境内で3人のレッスンが始まる。ポジティブ思考でせっかちなポジ男とネガティブ思考で天然なネガ子は、怪しい俳優・誠の指導でどう変われるのだろうか。

演技トレーナーである著者は、俳優が役を理解し、演技を深め、人前で演じるための集中力を養う方法は、演劇以外にも共通すると考えている。全編台本仕立て、コント風の掛け合いの中に、理論が裏打ちする実践的なノウハウがいっぱい。素人2人を相手にするストーリーだけに表現も理解しやすい。あとは実践するかどうか。

無理に一点集中しようとしてもできないが、意志の力で楽しくなれば想像力や感受性が高まる、楽しくなるから集中できる、というのがコアの発想。そうやって役の気持ちを探り役になり切れば、次にセリフや動作を論理的・分析的に追求し、少しずつ積み上げていくのだという。企画書作成やプレゼンの準備などに応用できる。私はジムでの筋トレ時にも本書の集中法を拝借している。

全編せりふとト書きからなる本書。単なるノウハウ本ではなく物語としても結構読ませる。徐々に明らかになる美人女優ママと誠の姉弟関係、ネガ子と誠の関係性の移り変わり、即効性を求めずにいられないポジ男のドロップアウト。後半では「仙人」なる人物が、読者を納得させてきたはずの誠自身の課題を指摘してみせることで、レッスン全体のレベルを引き上げる。本書の発想が全読者の人の腑に落ちるかどうかは不明だが、新たなきっかけを得る人は(私のように)きっといるだろう。

著者は本書に先行する著作『緊張をとる』では、天才女優ママが俳優の緊張を除くためのノウハウを演劇以外の場面に応用してみせている。両書を通じママは終始魅力的な関西弁で話す。(鉄)