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【書評】骨は語る 徳川将軍・大名家の人びと

骨は語る 徳川将軍・大名家の人びと

骨は語る 徳川将軍・大名家の人びと

鈴木尚著、198512月発行、東京大学出版会221頁、5,000円+税)

戦時の空襲は、東京・増上寺徳川将軍家のお墓まで廃墟にしてしまった。戦後10年余りを経て改葬の運びとなり、これに先立ちお墓や遺体(全38体)の学術調査が行われた(昭和33~35年)。本書は遺体の調査担当者として携わった著者が、2代将軍秀忠をはじめ将軍家関係者の調査結果を紹介するものである。後半では伊達家、水野家などの徳川家以外の大名家関係者も取り上げている。

江戸時代の庶民は丸顔・がっちり顎・低い鼻が一般的だったが、将軍家はというと、徐々に面長・高い鼻・細い顎になっていったことが調査で判明したという。これは庶民と相当雰囲気の違う顔つきで、武士の公家化の表れであるという。200年ほどの間に親の顔に似るという以上の「小進化」を遂げたという分析は興味深い。

21歳で亡くなった14代将軍家茂の歯は97%が虫歯に侵され、その早すぎた死に影響したと推測している。歯のエナメル質が薄く虫歯になりやすかったようで、気の毒である。上下顎の歯の写真は素人が見ても実に痛々しい。将軍にしてもこうだったのだ。貴賤の別なく人は苦しい思いを続けたのだろう、ということに改めて気づかされる。現代医療は有り難いものである。

土葬なので頭髪が一緒に発掘されている人もいる。江戸美人であったという天親院(13代家定の正室)は疱瘡を患い26歳で早逝したが、遺体にはお団子にまとめた髪がきれいに残っている。「しかし、後頭部の髪の毛は圧迫されて、複雑にからみ合い、長く病床にあったことを思わせるものがあった(p.110)」というから、やはり最期はご本人も周囲も大変だったのだろう。

本書に登場する遺体からは、歯磨きを頑張ったと思われる歯のすり減り、女性がつま先を内側に向けて歩くよう習慣づけられたと思われる大腿骨のゆがみ、骨折が自然治癒した痕跡などが発見されている。まるで生前のヒストリーを土の中で大切に記憶していたかのようだ。本書を通じて、その人の一生を思い、同情することができる。これは本書をミクロ的な研究報告にとどまらせなかった著者の成果である。本書が初出後30余年を経てなお書店に並ぶ理由が分かるような気がした。(鉄)