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『バビル2世』再読② バビル2世の正義感はどこから来るのか

バビル2世 (2) (秋田文庫)

バビル2世 (2) (秋田文庫)

小学生の頃、将来の夢を答える場面で「世界征服」と回答する子がクラスに1人はいた。世界征服という言葉には、どこか悪いことという印象がつきまとう。かつての少年まんがや特撮で、悪のキャラクターは大抵、世界や地球の征服を目指していた。バビル2世のライバルであるヨミも同様であった。彼は初対面のバビル2世を、世界征服計画に勧誘している。

どうだ わたしを良き友とせぬか
わたしはまだまだすばらしい力を持っておる
きみと力を合わせれば世界征服などあしたからでもやれる(文庫版1巻p.67)

「まだまだすばらしい力を持っておる」という自己アピールがかわいいが、このオファーに対してバビル2世は確答を避け、改めて返事をすると言って立ち去る。しかし振り返ったバビル2世の眼に対決の意思を読み取ったヨミは、懐柔は困難と悟り、帰路のバビル2世を早速攻撃。ここに2千数百ページに及ぶ壮絶な戦いが始まったわけである。

ところで、バビル2世はなぜヨミの誘いを断ったのか。断わらないと物語が成立しないからといえばそれまでだが、もともと世界征服の阻止や正義の実現がバビル2世の使命ではなかった。再読して気づいたが、彼にバビルの塔を引き継いだ宇宙人はこう言い残している。

わたしはきみにこの塔のすべてを与えよう
それらを使いこの地球を征服するも地球人のために使うもそれはきみの自由だ(文庫版1巻p.47)

つまり、バビル2世には地球を征服する選択肢もあったのである。にも関らず、ヨミに真っ向対峙した理由は不明である。ご両親のしつけが良かったからか。戦後の人権・平和教育のたまものか。いかにも胡散臭いヨミへの不信感からか。

私がこの点にこだわる理由は、バビル2世が時として極めて冷酷であるからだ。ヨミの部下には悪人感のない普通の人が多数描かれているが、バビル2世はきりりと引き締まった表情そのままで容赦なく基地ごと葬り去っていく。生半可な人類愛や地球愛はそこにはない。世界征服に対抗する強い信念のためには手段を選ばないところがある。その意味で一種のテロリストである。その信念の由来が気になるのである。

作家の鳴滝丈氏はこれを「宿命」のなせる業と解される。

…彼(バビル2世)を闘争の場に駆り立てるのは、純白の正義感というより、自分が宇宙人の末裔であるという、抗いがたい<宿命>だ。
 その宿命の重さゆえに、浩一は、時として敵のヨミよりも非情に見える時がある。それは<選ばれた者>の哀しみでもある。(文庫版4巻の解説より)

選ばれた者の宿命。端的だが説得力のある解釈である。これを読んで思い出したのが、『タッチ』(作:あだち充)。高校3年生の夏、甲子園地区予選の決勝戦は延長10回裏、須見工の強打者新田に対し、明星学園の捕手松平は敬遠ではなく勝負を指示する。新田の礼に対して松平はこう返す。

こうなる運命なんです。それに素直に従うだけです。(文庫版13巻、p.287)

投手上杉達也は新田から三振を奪い、甲子園出場を果たす。

宿命・運命と勝利。少年まんがのセオリーなのかもしれない。しかし、勝ったのか負けたのか、上手くいっているのかどうなのかはっきりしない日々の生活で、現実にはないと知りながらも、時折こういうストレートな物語に惹かれる。(鉄)