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今日か明日、書店に行きたくなる書評

昭和陸軍きっての逸材、永田鉄山は令和の世にも本になる。さすが。

永田鉄山と昭和陸軍 (祥伝社新書)

永田鉄山と昭和陸軍 (祥伝社新書)

【書評】永田鉄山と昭和陸軍[著]岩井秀一郎(2019年7月、祥伝社
昭和101935)年812日午前945分、東京は陸軍省軍務局長室で事件は起きた。「永田の前に永田なく、永田の後に永田なし」といわれ、昭和陸軍きっての逸材と評された永田鉄山軍務局長(少将、のち中将)が、乱入してきた相沢三郎中佐に日本刀で斬殺されたのだ。享年51歳。日本史の教科書は軽く触れる程度だが、当時はここ関西の地方紙さえ一面で採り上げる大事件だった。

永田中将を扱う書籍の列に、今夏、本書が加わった。類書に比べてコンパクトながら、事件の遠因となった陸軍内部の派閥的抗争を中心に分かりやすく、かつ先行研究もふまえた記述。さらに遺族から提供された初公開の写真が幾枚も掲載され、永田鉄山ファンには感激である。

長野県諏訪に生まれ、医師であった父の死後東京へ移住、陸軍幼年学校から士官学校へという陸軍幹部候補生への道をトップクラスの成績で進む。頭がよく合理的、それでいて温厚な彼は、任官後、主に陸軍省本省で予算、政策、政治との調整を担う軍事官僚として要職を歴任。そんな軍事官僚に不満を持つ一部の青年将校らが反乱行為を起こすと、永田は軍紀をもって統制する立場となる。こうして「皇道派vs統制派」の争いが激化、永田を悪の根源と妄信する相沢が凶行に走った。本書では、事件に至るまでの動きを、やや派閥抗争を構図化しすぎでは?という部分はあるものの、無味な歴史的事実の羅列ではなく、人間の営みとして表現することに成功している。

永田は1年後輩の東条英機とよく比較される。「永田が生きていれば戦争は避けられたのではないか」ともいわれてきた。歴史にもしもは禁句、と誰も突き詰めなかったこの問いに答えを出すため、著者は1章をあて、こう結論する。

結果的には「かなり難しかった」と言わざるを得ない。ただし、開戦時期は先延ばしにされ、戦争の様相はかなり変わっていただろう。(p.207

 著者の推論に納得できる部分はあるが、やはり歴史の「もしも」に説得的な答えを出すのは難しい。例えば著者は、合理的な永田であれば補給線が届かないような戦線拡大はしなかっただろう(p.212)とするが、それが正しいかどうか、誰にも分からない。そもそも変数が多すぎるし、個人(例えば永田)の意思で作戦、ましてや開戦のいかんが決まるものでもないからである(その点は著者も認めている)。本書の帯には「戦争は止められたか?」と大書されている。商業的な理由はともかく、この探求自体が本当に本書の主題だとすれば、その部分に関する論考が十分とはいえないだろう。本書には別の価値がきちんと存在している。他の読者はこの章をどうお感じになるか聞いてみたいところ。

ただ、いずれにしても本書はおそらく令和初の「永田鉄山本」であり、彼の実績、能力、人生を十分に語っている好著である。永田鉄山を慕うあまり、ブログの筆名にお名前を(無断で)拝借している私からもお薦めの一冊である。(鉄)