負け犬の読書灯 〜本はいい。無秩序にご紹介〜

今日か明日、書店に行きたくなる書評

富豪の人妻と年下でイケメンでマザコンな若い外車セールスマンの恋、どうなる?

【書評】若いセールスマンの戀 [著]舟橋聖一
戦後間もない昭和29年頃、外車のセールスマンで23歳の雪雄は、同僚と共に赴いた得意先の資産家・滋本家の由香子夫人に一目ぼれする。主人が不在のため夫人を外車に乗せ、同僚の運転で試乗させる。屋敷に帰着後、夫人は雪雄にささやく。

「雪雄さんだつて、免状はもつていらツしやるンでせう」
「えゝ、無論」
「この次ぎは、あなたに運転して貰ふわ」
と、夫人は田毎(=同僚)にきこえないやうにこつそり言つた。高価な香料の香りが、柔く雪雄の鼻に触れた。

んー、舟橋作品らしい艶(なま)めかしい展開。古風で上品なセリフ。舟橋は積極的で色っぽい女性をよく描く。主役の男はたいがいモテる。年上女性と若い男の恋も舟橋が好むテーマである。

由香子夫人の希望で、後日雪雄と2人での試乗となる。雪雄はためらいつつも、駅で夫を拾い3人で箱根のホテルに泊まるという夫人に従うが、滋本は現れない。妻以外の女性同伴だったのだ。それを目撃した夫人、そのまま雪雄と二人で箱根のホテルに泊まると言い出す。別々の部屋を取ってはいたものの、結局2人は一夜を共にする。

程なく2人の関係に感づいた滋本は妻への束縛と監視を強める。2人は電話もままならない。そんな中、由香子夫人が妊娠。夫の子と確信した彼女はひそかに中絶するが、これを知った滋本は雪雄との子に違いないと考え、雪雄の勤務先に圧力をかけ彼を退職に追い込む。東京を離れる雪雄に由香子夫人は同伴を願い出る。さて、待ち合わせ時刻に由香子夫人は現れるのだろうか。

2人の恋と並行して展開されるのは、雪雄と母・千鶴との関係。雪雄は40過ぎの未亡人である母に親子愛を超えた近親相姦的な感情を抱くが、母を神聖化する気持ちがそれを押しとどめている。しかし母・千鶴はある男性と深い仲になる。たまたま実家でこの男性に遭遇した雪雄は動揺のあまり男性をボコボコにする。人妻を奪おうとして、母を奪われた雪雄はどうなるのか、由香子夫人との待ち合わせ場面に向かってドラマは収斂していく。

舟橋が描く人物は、ものごとを理性的に考えた挙句、抑えきれない恋愛や嫉妬といった感性に動かされ、結局成り行きに身を任せることが多い。由香子夫人が雪雄を試乗という名のドライブに誘ったのも、それに雪雄が従ったのも成り行きである。彼は日本の古く面倒な人間関係の中に、男女の健気で儚い成り行きを描く。

現在、新刊書店で入手できる舟橋作品は限られている。この作品も図書館か古書店・古書サイトでしか入手できないだろう。手元の本書は昭和31年1月発行の角川小説新書の初版、定価百円。(鉄)

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