負け犬の読書灯 〜本はいい。無秩序にご紹介〜

今日か明日、書店に行きたくなる書評

【本の紹介】『あなたのことはそれほど』(作:いくえみ綾)ドラマ化もされ話題になりましたね

あなたのことはそれほど 1 (Feelコミックス)

あなたのことはそれほど 1 (Feelコミックス)


ヤング女性向けの漫画雑誌『FEEL YOUNG』に2010年から2017年まで不定期に連載された作品である。2017年にはドラマ化されている。一言でいえば,どろどろのW不倫モノである。

美都は勤務先の眼科クリニックで知り合った涼太と穏やかな結婚生活を送っていたが,中学時代に好きだった同級生光軌と偶然再会,以後関係を持つようになる。涼太は美都の寝言をきっかけに彼女の携帯を盗み見るようになり,遂に光軌の存在を発見。光軌には,美都と再会したときすでに妊娠中の妻であり高校時代の同級生・麗華がいた。

…と,この辺まではある意味想定内の展開なのだが,ここからキャラクターの個性が出てくる。妻の行動を知った涼太はそんな君を今でも愛する,僕は君と離れないよという姿勢で,それが執拗かつ不気味に描写される。光軌と出会えてはしゃぐ美都はこれを露骨に嫌悪,きらきらしていた2人の関係性は悲しいほど大きく変わっていく。
一方,複雑な家庭環境に育ち早熟だった麗華は,人の心の動きに対して異様に勘が鋭い。脇が甘々の光軌とは違う。早々に夫と美都の関係を察し自白させた彼女は,娘を連れて突然実家に帰り,復縁を迫る夫を隙のない正論で静かに責める。2組の夫婦のうち1組は婚姻を解消し,もう1組は続く。悩める若い男女4人はどうなるのか。

人気を反映し,ネット上ではこの作品に対するコメントが大量に存在する。見てみると,美都と光軌の考え方や行動に対する非難,嘲笑の声が多く,中にはかなり感情的なものもある。コメント主の中心を占めるであろう「ヤング女性」層には許しがたい行為なのだろう。よく分かる。しかし4人は皆,誰かに愛されたくて,その人なりに瞬間を生きているように見える。その健気さが何か伝わってきて,私には責める気になれない。作者のいくえみ綾さんも何かの対談の中で,特に登場人物に感情移入せずに「客観的に」描いていると言っていた。どろどろのW不倫モノ,正しい行為かどうかは別として,自分の衝動・欲望を抑え続けることができない,そしてそれを隠し通すことができない人間の切なさを,どこにでもいそうな登場人物を通じて感じさせる名作なのである。

個人的には麗華の不思議な魅力を感じる。正論を通す別居中の彼女が,最終巻で光軌とするやりとりを,ネタバレにならない範囲で。(過労で2日間入院したことを光軌が彼女に告げる場面)

麗華「私も 見てほら 白髪増えちゃった 元々多いのに…」(光軌を見つめる)
光軌(麗華を抱きしめて)「美容院…行きなよ きれいにしてきなよ」
麗華「……そんな 急に行けないし」
光軌「予約しなよ (中略)ゆっくりきれいにしてきなよ」
麗華「…なら ちょっと放してくれる?」
光軌「やだ」
麗華「……行けないじゃない…」「有島君」
光軌「…何,委員チョ」(注:学生時代の呼称)
麗華「あなたの 浮気一つでこんなにも乱される自分の心に興味がわきました(後略)」(第6巻 final sectionより)

ああ,やっぱり面白い漫画を活字だけで紹介するのは難しい。人物の心理描写が繊細なだけでなく,何と言っても絵が綺麗で,女性登場人物の魅力や表情の描写が秀逸。恥ずかしさをしのんで全巻大人買いしてレジに並んだ甲斐があった。(鉄)

あなたのことはそれほど 2 (Feelコミックス)

あなたのことはそれほど 2 (Feelコミックス)

あなたのことはそれほど 3 (フィールコミックス)

あなたのことはそれほど 3 (フィールコミックス)

あなたのことはそれほど 4 (フィールコミックス)

あなたのことはそれほど 4 (フィールコミックス)

あなたのことはそれほど 5 (Feelコミックス)

あなたのことはそれほど 5 (Feelコミックス)

あなたのことはそれほど 6 (フィールコミックス)

あなたのことはそれほど 6 (フィールコミックス)