本の山 〜お薦めの本、山積みに〜

今日か明日、書店に行きたくなる書評

インドネシア・1960年代の大虐殺事件に迫る力作(倉沢愛子著『インドネシア大虐殺』~2つのクーデターと史上最大級の惨劇~)

物々しいタイトルだが,誇張ではない。1960年代半ばにインドネシアで発生した2度のクーデターの間,反共産主義者に虐殺された人は50万人とも200万人ともいわれる。気の遠くなるような数字だし,そもそも大きな数値の幅も不気味である。

最初のクーデター発生は1965年9月30日から翌日未明。陸軍の一部が軍将校6人とその家族の合計7名を殺害。これを鎮圧した陸軍が事件にインドネシア共産党PKI。ペーカーイーと発音する)の関与を断定したことから,至るところでPKI関係者や関係者と疑われた人々への逮捕,虐殺が続いた。手を下した人の多くは民間人だったという。

当時の徹底した情報統制と事件をタブーとする風潮の中でよく知られることのなかったこの事件。著者のインドネシア社会史専門家,倉沢愛子氏は,大量の政府文書と先行研究を渉猟,関連諸説も丁寧に分析しながら真相に迫っていく。

スカルノ初代大統領というカリスマによる「指導される民主主義」は政権の左傾化と西側諸国との対立を招いた。本事件後、スカルノ大統領は権限喪失、陸軍軍人スハルト(第2代大統領)による権限掌握が完成する。そんな複雑な歴史背景も予備知識なく理解できるよう説明されている。

事件関係者への聞き取り調査を踏まえ,加害者・被害者双方の視点から事件を見る第4章は考えさせられる。62人もの殺害を後悔なく語る男性の話や,弾圧を逃れて南米や欧州に亡命した人の話などの生々しい事例が幾つも紹介されている。多くの人は軍や西側諸国が流した大量のフェイクニュースでヒステリー状態になり,国や家族を守ろうと真剣に思って,虐殺に突き進んだ。虐殺は数年経たず過ぎ去り,その後インドネシアは開発主義に転換、豊かな時代を迎える。その陰で多くの家族は今も破壊されたままである。こういうものを読むと「国にとって国民とは何なのだろう。国民にとって国って何だろう」といういささか青臭い感慨を抱いてしまう。

平易な文章と新書という分量感で読みやすい本書。インドネシアのことよく知らない,という方にもお薦めできる一冊。なお,現在バラエティ番組でご活躍のデヴィ夫人スカルノ初代大統領の第3夫人であり,当時,夫スカルノを守り軍との関係を改善するために奔走されている。最終的にその取り組みは奏功しなかったが,ご奮闘ぶりは本書の随所に登場する。デヴィ夫人を見る目が変わる一冊とも言えるかもしれない。(鉄)

 (中公新書,2020年6月25日発行,820円(税込))

 

※最後に…。コロナの事態後,本を読む気になれない時期が長く続きました。最近やっと気持ちが向くようになりブログも再開しました。時々覗いていただけますと幸いです。