巻末の「完全年表 アントニオ猪木 過激なる77年の軌跡」が過激すぎる。1943年横浜で生まれ、13歳でブラジル移住。そのサンパウロで力道山にスカウトされ、プロレス界のスター選手となる。28歳で新日本プロレス旗揚げ。事業にともなう多額の借金と返済。46歳で参議院議員に当選。4度の結婚。リング外で襲撃を受けたこと2回。毒ヘビに咬まれて意識不明になったこと1回。
この程度の要約にして十分過激である。「元気ですか!」と叫ぶ笑顔の裏には、私のような凡人には一生かかってもできない経験があった。本書は、アントニオ猪木氏の著作やインタビュー記事をもとに108の「闘魂語録」を編んだ作品である。単にフレーズの抜き書きではなく、前後の文脈や発言の背景も記載されていて理解の助けになる。
アントニオ猪木氏は、他人が自分の思い通りに動いてくれることを究極的には期待していない。発言には一種の諦観が漂う。本書の編集方針というのもあるからにわかに断定はできないが、108コメントを精読した印象であるからあながち大外れでもないだろう。「マネされたらまた新しい技をあみだせばいい」、「騙した側には騙した側なりの人生がある」という言葉には、そんな深い諦観、あるいは慈悲を感じる。
著名人の名言集は多数あるが、本書はアントニオ猪木という人の夢、現実、諦めといった要素をさらけだすことで読者自身の人生観に迫る名作である。書中から自分の心に刺さるフレーズを探していただきたい。ちなみに私は「闘魂語録75 負けなければ、人間は強くなれない」が好きである。何者かになりたくて、結局何者にもなれなかった。その敗戦に意味があるというなら信じてみたい。
なお、猪木氏は現在闘病中とのこと。どうかじっくりと快復され、いつか109番目以降の闘魂語録を私達に聞かせてほしい。(鉄)
(2022年6月/宝島社/253頁/880円)
追記(2022.10.01)
本日、アントニオ猪木氏の逝去が報じられた。大人物がひとり、天国に旅立った。アントニオ猪木公式Twitterには、本年9/21に撮影された氏のインタビュー動画が投稿されている。ベッドに横たわり所々発話も難しい体調にも関わらず終始笑顔の氏は、元気になったら地球の環境問題に取り組みたい、どうだーっと元気な声を出せる日が「もうそこまで来ています」と語っている。この姿を前にすると強さとか希望とかいう言葉すら安っぽく響く。ご冥福をお祈りします。あなたは小学生の頃から私のヒーローでした。そしてこれからもです。